これからのBLUEOVER #03 | アウトサイダーアート

アウトサイダーアートとよばれるもの

「無心」について説明するとき、また別のエピソードを話す必要がある。ある時、僕はヘンリー=ダーガーという人物を知った。彼の人生はとても興味深いもので、数十年をかけて彼は1万5000ページもの作品を残し、しかしこの作品は世に発表されることなく保管され、彼は生涯を終えることになる(世界的に有名な作家なので、彼のエピソードは検索すれば沢山知ることができる)。その膨大な量の作品を誰にも見せることなく、作り続けていたという事実。彼の人生は僕にとってあまりにも衝撃的だった。

僕はデザイナーとして働く時、クライアントから依頼された要求に対して、成果物を出し、対価として報酬を受け取る。依頼者がいて、目的のためにリサーチを行い、その答えは何かを考える。この関係はデザインを行う上でまったくもって当たり前の行為だと、疑うことはなかった。だが彼はそうではなかった。自分の描く世界を純粋に吐き出し続ける行為、それも尋常ではない量を日常の出来事として、だれに請われるでもなく作品を生み出し続けていた。僕には想像もできない行為だった。そしてそのアカデミズムに支配されていないクリエイティブは多くの人を魅了することになる。当然彼の生い立ちや背景をしった上での評価もあるだろうし、僕自身もその見方を含んでいるのは否定できない。そのうえで、彼の作品に衝撃を受けたといいたい。それだけ、純粋無垢のエネルギーは僕の心に衝撃を与えたものだった。そこで僕はアウトサイダーアートという言葉を知ることになる。

アウトサイダーアートは言葉の通り、アートと呼ばれる領域外(アウトサイド)にあるものと定義されている。例えば一般的美術教養を備えていない作品(アールブリュット)、民族における伝承されつづけてきた芸術品(フォークアート)。いわゆるファインアートに属していない作品に対して位置づけられると僕は認識している。

僕は日頃から、モノやコトにたいして、必ず人の意思が介在されているはずという認識があり、そして作為を無意識のうちに読み解こうとする癖があった。なにか理屈を見つけないと納得できないということだろう。おそらくデザイナーとして生きてきた職業病のようなものだと思う。そうした捉え方は、経済活動上で非常に有益に働くものだと理解しているし、悪いことではないと思っている。お互いがコミュニケーションをとりながら、相手の考えていることを読み取ることで、問題を解決することができるからだ。潤滑な関係性を築くために多くの人は意識的であれ、無意識であれ、意図をくみ取ることを行っているのだろう。

だが、そうした習慣が当たり前になるにつれて、昔は感じていた気持ちの揺さぶりといった経験が薄らぎ、回数も減っていった。それは社会活動においての、あたりまえやルールといった秩序に支配されることで得た、安心の結果なのかもしれない。お互いが効率的にストレスなく継続する為のやり方として、社会に適応するにつれて摩擦をさける行為。そういった風に僕はとらえている。しかしこうした行為は、却って見えていたものが見えなくなっているということにはならないだろうか。

経験値に基づく合理的判断が増えるにつれて、説明のつかないモノは思考から「排除」される。先の民藝の無心の美についても、社会的合理性から組み立てた場合、うまく説明のつかないモノとして判断され、真の理解にはたどり着くことができない。僕自身、そうした頭になっていた。だけど、説明のつきにくいものにこそ、経験と年齢を重ねることで薄まっていった心の揺さぶりの源泉があるのだと思うようになった。

ヘンリー=ダーガーのエピソードはそんな気づきのきっかけを作ってくれた。アウトサイダーアートは定義としてあまりにも広義だ。しかし僕は不思議なことにこのアウトサイダーアートと呼ばれるカテゴリーに属しているモノの多くに共感を覚える。そして、民藝もこの興味深いカテゴリーに該当していると考えている。そこには確実に僕がこころ揺さぶられるモノが存在している。それを一つ一つ説明することはできない。僕自身明確な答えをいまは持ち合わせていないからだ。だけど、明確な答えではないが、ぼやっとしたことなら言える。僕の心を揺さぶるそれは、人が生み出す合理性だけでは説明できない想像力(クリエイティビティ)だということ。そして無心へとつながっていること。これが民藝から出発して、これからたどり着くであろう、ブランドが掲げるビジョンへのヒントになるような気がしてならない。

アウトサイダーアートを知った僕は本当に驚いた。国内にも数多くのアウトサイダーアートに属する方々はいるが、私がより深く知るきっかけとなったのは、障がい者アートと呼ばれる世界だった(atelier incurve今中博之氏からするとこのカテゴリーづけにも異議があるといわれているが、経緯の説明上として使用)。ちなみに僕はアートの世界には深く精通していない。そもそもアートの文脈も知らず、興味も薄かったのが本音だ(今はすごい興味がある)。そんな素人がある日、会社のスタッフから見せられたのが平野喜靖氏の作品だった。まさに圧巻。これまでの、理屈を見つけ読み解こうとする僕の癖を阻むような、そんな氏の作品は、紐解くことすら一切許されなかった。氏の作品は文字が平面全体にびっしりと敷き詰められており、言葉としては意味をなさない。だがその敷き詰められた文字、言葉には彼独自の法則があり、それが一つのまとまりを見せている。そしてそれを生み出す平野氏は毎日、作品を吐き出すことをやめない。まさに無心でいつまでも繰り返す行為だ。僕の感情は揺さぶられ、ある種の救いすら感じた。これまで理屈で理解し、安心を固め続けてきた自分の価値観に大きく風穴を開けられた気分だった。そして障がい者アートに興味を抱いた、他のアーティスト作品を見ていくごとに、彼らのクリエイティビティに驚愕した。そして僕は自分の想像をいとも簡単に超えるモノが、こんなにも当たり前に展開されるのだということを知った。震えた。デザイナーである自分には絶対にたどり着くことのできない境地が彼らの世界には、いくらでも存在することを知った。

僕の中で諦めの感情が沸き上った。

メガネをかえる

僕は40歳を超える。自分でも初老だという認識はある。孔子は「四十にして惑わず」といったが、まだまだ自分というものが何かわかっていない。仲間内でミドルエイジクライシス(中年の感じる危機)だとか言い合った。自分の理想とする姿を描きながら追いかけ続けていた。「答えはきっとあるはずだ」と一生懸命に自分探しをしていた。だけど、そんな気持ちは追いかけて見つけようとすればするほど、霞んでいった。しかし、民藝の「無心の美」への理解から、アウトサイダーアート、障がい者アートを経て、自分の目指す到達点は自分自身には不可能だということを理解した。それは我欲がある限り行き着けない境地だと。へんな話だが、諦めという感情が生まれたことで、これまで追い求めようとした『欲』が取り除かれるような感覚になり、心が楽になった。

妙に大人になってしまい、ビジネスの世界を知ったかのような顔で、これが正解だといわんばかりに、さまざまな出来事をラベリングする行為をしていた僕は、いつしか退屈な目を持つようになったのかもしれない。博物学者の盛口満氏の著書「生き物の描き方」の中で「自然を観察するときのコツは『自然をみるためのメガネをかける』というふうにいい表せる。自然はいつもそこにあるが、普段は目に入らないものであるからだ。」と書かれていた。ここでのメガネは道具としての眼鏡ではなく、当人の視点、視座の話を指しているのだが、これはまさしく今の自分に当てはまる状況ではないか。ビジネスメガネを使用し続けたばっかりにその視座でしか物事を見れなくなっていたのだろう。だがメガネを変えることで全く違った世界が現れるということになる。これはビジネス競争から解放され、物事を異なる視座から見ると「四十にして惑わない」自分へのヒントがたくさんある考え方だった。

過去の自分にはその時の事実がある。当時どんなことを考えていたのか、いま思えば恥ずかしいことばかりだけど、その気持ちは本当だった。熱くなれた。若ければ若いほど、その理由は強く、理屈が通らないものばかりだ。

この気持ちは、大人になるにつれて失われていった。だが、これまでの学びを経て、今はこのエネルギーが大事なものだと思えるようになった。「ミュージシャンは一枚目のアルバムが一番いいよね。」というたとえ話を聞く。乱暴に言えば、その最初の一枚目が何物にも染まらぬ最も純粋無垢な気持ちを表しているからだろう。そこにオーディエンスは心打たれ、感動する。わかる気がする。もちろんそんなことは何の根拠もなく、アーティストは毎回全力を注ぎ作品を作っているのは間違いない。だけどファーストアルバムは当人にとっても思い出深いことは間違いないとは思う。それだけエネルギーが詰まっているということだろう。僕自身も人生はじめての経験というのは、いつもドキドキやワクワクを抱える。だから思い出深い記憶となるのは体感として理解できる。初めての試みこそ、ある種の「無心」が存在するのではないかというとらえ方だ。

心揺さぶられることが少なくなったといった僕は、自分自身でビジネスメガネを固定していたことにあるのだと気づく。同時に若さや、チャレンジといった機会で生まれるエネルギーが存在するのだということを見落としていた。ここで何が言いたいのかを整理すると、僕は同じメガネをかけ続け、いつの間にか偏った見方を続けていて、その結果退屈な目をもってしまったということ。そしてメガネを付け替えることで、これまで見落としていた大切なものに気づかせてもらったということ。それはこれからの自分自身の生き方のヒントとなった。

僕はあきらめにより、気持ちが軽くなったと言った。それは無心の境地でモノを生み出すという行為を、執心をもって行おうとしていたことからの解放ともいえる。伝えるのが難しいけれど、それは決して歩みを止めることではなく、無理をして自分を形つくることを止めることを意味する。その執着から削がれたことは僕にとって本当に気持ちが軽くなった。そして今自分が内をしたいのかをもっとメタ視点から考えることが出来るようになったのだと思いたい。

 

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