これからのBLUEOVER #04 | これから

僕たちがやるべきこと

バトンという会社はモノを作る会社である。モノヅクリを通じて、僕たちは「生きる楽しさ」を伝えたいと思っている。すこしでもより良い社会になるように。僕たちの会社でその考えを最も表すブランドはブルーオーバーだ。だから、このブランドの歩む方向がこれからの会社としての指針にもなる。

これまでの僕は製靴産業の職人さんたちと歩んだ10年があり、その背景として民藝があった。そしてその未来には決して明るく輝くものは用意されていない。理想だけを語る年齢でもないし、この10年はその現実を知るためにあったと思っている。はじめにも書いたように日本という国に対して、これからはより厳しい現実になるのだろうという意見が多く聞こえてくる。モノヅクリ大国ニッポンといわれていたのは過去の栄光で、国内の多くを占める小規模の製造業は高齢化とともに後継者問題をはらみ、継続することが難しくなっている。

そんな状況で僕たちがやるべきことは、それでも国内生産を続けることだ。それはフランスの哲学者ベルクソンが唱える「ホモ・ファーベル」がまさに僕たちの活動の意味であると考えている。工作人を意味するホモ・ファーベルは、知性をもち、創造性を使い、道具生みだす行為こそが人類と定義される、というものだ。人が人である証明として、つなぎ続けてきた国内のモノヅクリを絶さないようにする。拡張することはないが、喪失しないようにすること。伝統産業のような歴史はないけれど、靴に携わるものとして作り続けた証明として、国内で靴をつくるという事実を保ち続けたいと思っている。そして国内生産を継続できる仕組みをつくる。大きな規模ではないけれど、失わないように持続可能な状態を作りあげること。これも僕たちがやるべきことだと考えている。

僕たちがやりたいこと

国内の製造業だけではなく、民藝から見出した「無心の美」の価値をモノに変換することがブランドの目指す姿とみている。その価値とは人が生み出すエネルギーあふれる想像力だ。この想像力こそがこれからの日本を支えるとても大事な「力」だと考えている。そしてそれを生み出せるのは、いま表現を行う、すべての人と定義したい。

自分がデザインする靴を買ってもらうことはとてもうれしい。だけど、人と繋がり合いながら成長していくブランドになることが今の僕の描くブルーオーバーの理想だ。 いまの時代だれもが表現者になれる。デジタルの恩恵は世界と繋がり合うことができ、伝えたいことや、表現を無限に受け入れるプラットフォームが存在するようになった。そしてだれしもが自由に参加でき、その考えを伝えられる。これまでになかったコミュニケーションの形がうまれている。旧来的なメディアだけに「伝える特権」を与えられていた時代は終わった。そして無限とも思える人の意思、主張が広がっていく。そしてそれは、言葉、絵、音楽、あらゆる文化芸術として姿を変えて目の前に映し出されている。そこには無限のエネルギーがマグマのようにたまっている。

そして、僕が障がい者アートに気づかされたように、無心に取り組む人の純粋な心から受けたインパクトをブルーオーバーを通して伝えたいと思っている。その主役はクリエイティブにかかわるすべての人だ。僕は我欲から解放されたとき、ブルーオーバーはもっとたくさんの人をもっとたくさんの人に届ける装置になりたいと願っている。

ハードウェア(物質的な道具)を作ることが出来る僕らは、僕たちが素敵だと思う創作活動のクリエイティブを受け止め、スニーカーへと変換する。それがブルーオーバーを通じて多くの人に出会うきっかけになること。そこにみんなが刺激を受け、元気になってもらうこと。もちろん、届ける僕らや、一緒につくったクリエイター、アーティストもうれしい。それがつながりあいながら拡張していく状態。デジタル上では当たり前に繰り広げられていることだけど、リアル世界ではまだまだ行われていない。平易だけど、そういうこと。これが僕たちがこれから先にやっていきたいことだ。

日本の可能性

僕は日本という国は改めて特殊だと感じている。西欧(白人)中心の歴史や宗教観を辿らず、近代化に成功した日本は国力を増していった。やがて第二次世界大戦を経て、敗戦国となりアメリカによって民主化が進んだ。その後、みごとな経済成長を遂げ大きな発展をとげたのだが、グローバル化となった現代社会では遅れをとっていると言われている。

日本がうまく時代の波に乗れていた時は、社会全体の成長のベクトルと日本の特性(加えて、人口も増加していた)がうまくかみ合っていた為、大きく成長していくことができたが、テクノロジーの進化に伴いその手段が変わった為、流れに乗れなくなってしまった。流れに乗り切れていないまま、社会は次の時代へと変容していく、それは国家という境界線がありながらも、個人がボーダレスにつながりあえるというこれまでにない社会が訪れている。それはこれからを生きていくとき、自分たちの国の文化だけを理解するのではなく、誰もがお互いを理解していく必要があるということだ。

ここで僕はこれからの時代こそ、文化人類学(民族学)という学問が重要であると考えている。構造主義の祖として知られるレヴィ=ストロースが概念として「熱い社会」「冷たい社会」という言葉を使ったが、この未開人の社会構造を指した「冷たい社会」というものに、僕は持続可能な社会(SDGs的な?)のヒントがあるのではないかと考えている。競争や戦争といった形で文化、文明を進化させていくことは、人の生活を豊かにするのだろうとは思う。僕らもその恩恵の上で生活をしている(ちなみにこれを「熱い社会」と定義している)のは紛れもない事実だ。だけど、この進化は、自然環境に対しても人類に対してもストレスをもたらしつづける。その構造はすでに限界点に来ているのではないだろうか。これからはドラスティックな変化ではなく、自分たちの民族(環境)を維持し続けるための、循環型の変化が必要だと考える。

「冷たい社会」として定義づけられた、未開人が作りあげる社会構造は、レヴィ=ストロースが愛した日本文化にも見出せるのではないか、そしてそれはこれから変化していく社会の方向性に順応するのではないか。その日本文化とは柳宗悦の「民藝思想」や、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」などにみられる価値がそれだ。西欧近代の自然を破壊し、新しいものに構築する手法ではなく、自然を破壊しながらも共生する方法を日本人は巧みに見出せる民族だということ。それは近代化以前にあった日本人の風習、信仰に見て取れる。元来日本人にはそうした理性を宿しているのではないか。そしてその価値観こそがこれからの社会に必要とされるあり方だと思っている。

自然と共生し、膨張することなく、無理なく継続できる規模で社会を循環させる。これからの社会がそうなってほしいと願いのだが、僕らのブランド、会社はそうあるようにしていこうと考えている。そして僕たちの会社がモノヅクリであることは人が人である証明を行うことであり、そこに人の意思、創造性がふんだんに取り入れられること。AIの活動領域ではなく、人でしかできないことを活かせるブランドとして、これからの日本人の莫大なエネルギーを活かせる会社としてがんばりたい。


おわりに

思ってた以上に長くなってしまいました。言葉の選定に自信もなく、文章もまだまだ迷いがあるものだとは思っていますが、あまり整え過ぎず書き終えることにしました。この冊子を手に取りここまで読み終えた方は、おそらくブルーオーバーに興味を持っていただいたお客様だと思います。本当にありがたい気持ちでいっぱいです。 これから僕たちが行っていく活動を、是非ともあたたかな目で見守りながら、応援いただければすごくうれしいです。そしてブルーオーバーを知っていただくこと(履いていただくこと)で、ご自身の時間がとても満足できることのなるように、ブルーオーバーは精一杯頑張ります。

 

第一回|国内生産

第二回|民藝で得たこと

第三回|アウトサイダーアート

第四回|これから

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