人からモノが、
モノからコトがうまれる
無理のない製造業の姿を

 プロダクトデザインは、製品をただ提供するということがゴールではありません。

 その製品を取り巻く生産背景や、ユーザーはもちろん、提供する企業にとっても、そのプロダクトが存在することで全てがプラスに働くような環境をつくりだすことも、プロダクトデザインの重要な要素であるとわたしたちは考えます。

 またプロダクトデザインとは、デザイナーひとりが机の前で悶々と頭を悩ませ、一筆入魂の図面を引くことで高い完成度のものが出来上がるというものではありません。

 人間の技術と製造を行う場所、そしてデザイナーとの連携があり、時間をかけることでようやく、より良いものが作られていくのです。

 製造業は、人間が文化的な生活を始めたときから存在する、長い歴史を持った仕事です。

 人からモノが作られて、モノからコト、そして文化が出来上がる。

 環境や社会はそのように成り立っていき、また新たに人を作る。そんな自然な循環の中において、ただひとりのデザイナーが関われるコトというのは、ほんの一部にしか過ぎません。

 しかし時代が変わり、生活水準の向上という名目のもと、効率化を掲げた大量生産、大量消費があたりまえとなり、前述のような「文化的なものづくり」という考え方は、困難なものとなりました。

 安価で大量生産された、様々なものを手に入れられるように発展した現代社会は、自然の循環から少し外れてしまったようにも感じます。

 その中でメイドインジャパンが、特別な意味をもっている現状があります。

 丁寧に作られるあたりまえの道具というものが、高級嗜好品のような位置に置かれ「高い技術力」というイメージだけが先行して、本来重きをおくべき、それを取り巻く社会や文化、そしてそれに関わる人々の生活が置き去りにされてしまっているようにも思えます。

 売り手、買い手、そのすべてにある生活。

 そこに支払われる対価というのは、いま果たして正しいバランスが保たれているのでしょうか。

 本当に親しまれるべきメイドインジャパンとは、そうしたバランスや対価を考え直し、高い水準の技術を守りながら継承し、ユーザーに使われるという、文化的なものづくりに戻すことではないでしょうか。

 日本で作った道具を、日本で長く大切に使っていく。

 少し前までふつうの事だったそんな感覚が、いつの間にかふつうではなくなっています。

 国内外のブランドを問わず、盛んだった日本の製靴産業も、海外の大量生産のあおりを受けてどんどんと規模を縮小、または閉じてしまっています。

 わたしたちブルーオーバーは、そんな工場の技術や、丁寧に作られた道具を長く大切に扱うというふつうの感覚を守る為に、まだまだ少量生産ではありますが国内でスニーカーを作り続けています。

 長い歴史に裏打ちされた高い技術をもつ工場とともに、当たり前に歩きやすく、そして堅牢に。

 デザイナーと工場は互いの靴という文脈を紐解きながら連携しています。モデルごとに異なるコンセプトを製品に最適解で落とし込みながら組み立ててる行程には、多くの手間がかかり、安価には作ることはできません。

 しかし、その対価に見合うような「大切にしたい」と思える道具として、高い価値をもつプロダクトデザインであるという自負を、わたしたちはもっています。

 世の中にはさまざまモノやコトが氾濫し、存在理由が曖昧になってしまっているように感じます。

 良いものを作り、それを届ける。そんな当たり前で分かりやすいことも、今はとても難しいことになってしまいました。

 ブルーオーバーはそうした複雑化してしまったモノづくりを解きほぐし、シンプルに美しい姿で、価値のある道具として、みなさまの前に在り続けていきます。

このページのトップへ